K 奮闘記

精神的に向上心のない方の K

修士2年、夏

「研究とはなんぞや」と最近よく自問するようになった。こういう問いには大体これといった答えがなく、あまり深入りすると†闇†に堕ちてしまう気がするからあまり考えないようにしているが自分の性格上ついつい考え込んでしまう。一種の逃げであるやもしれぬ。


そもそも大学院生というのはどれほどまで研究に没頭すべきものなのか。いや、他人は気にせず自分の努力の成果を見せよと言う人もあるかもしれぬがそうするとこれまた性格上遊び呆けてしまうのはまず間違いないと思っている。


全国に大学院生というのはゴマンといてその研究レベル、学生生活もまちまちであるから、実はそれほどせっぱつまってやるものでもなく、研究会等の発表1週間前から重い腰を上げるスタイルでもやっていけるのではないかと楽観視することも最近では多い。しかし、先輩や同期を見ていると皆漏れなくすばらしく崇高な(と思えるほどほど自分には全く理解できない)研究をしているものだから焦りが募るばかりなのだ。


確率を学んだ小学生が夏休みの自由研究に迷っていたなら、サイコロを実際に1万回ほど振ってみて記録してそれぞれの目が出る確率が 1/6 に近付くかみたいな研究が知識レベルとして適切であろうとわかる。しかし、圧倒的落ちこぼれとして学部時代4+α年間を謳歌してきた自分としては大学院生なるものの適切な知識レベルがわかっていないのである。知識の適正レベルがわかっていないから研究についてもその適正レベルがわからないのだと自分では推測している。


修士2年の夏にもなってこんなテーマでブログ記事を書いていると正直絶望感しか沸いてこないが、なにはともあれそういう奴もいるのだと全国の落ちこぼれ大学院生に知ってもらえれば幸いである。